ニ ヒ リ ズ ム の 願 望
A d e s i r e of t h e n i h i l i s m .
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キャスケット帽の人に突き出されてすぐに、自分に視線が集まるのがわかった。 驚きで目を見開く人。怪訝な表情を浮かべる人。 一体どちらの人が多かったのだろう。すぐに視線を落とした私にはわからない。床に視線を落としたまま、後ろに一歩下がった。居たくない。早くここから、この場所から逃げたい。 トンッ 踵に何かがぶつかった。ビクッと大げさに体が震えて、後ろを振り返ると、キャスケット帽の人が私を、無表情で見下ろしていた。サングラスの隙間からは今までとは違う冷たく鋭い眼が除く。私はその眼を見た途端そこから動けなくなってしまった。 ( こ わ い ) 見たこともない眼だった。この船は海賊船で、でも、出会った人たちは怖いけれど優しい人たちばかりで。ベポやドクターさんの目はいつも暖かかった。ニルさんや、とても怖いと思ったあの船長さんの目も鋭くて怖かったけど、でもこんなに、身も凍るような眼で見られたことはなかった。 (本当に同じ人・・・?) そう思ってしまうほど、怖かった。だからいっそう、私は後悔した。 こんな表情にさせてしまったのは私なんだ。心配して、くれたのに。私なんかをすごく、心配してくれたのに、関係ないってほっといてって手を振り払ったりなんかしたから・・・。 でも、どうして・・・どうしてこの人はこんなに私のことなんか気にかけてくれるの・・・? 「なぁもしかして・・・その子って・・・」 突然知らない声が上がる。 体がビクリと反応して、キャスケット帽の人から目を離し、ゆっくりと後ろを振り返った。 「・・・!!」 たくさんの人。たくさんの、眼。 否応なしに私の体に突き刺さる。 先頭に立つ、スキンヘッドの男の人が、まるで私と目線を合わせるように目の前に屈んだ。 「ベポが連れてきた女の子って・・・お前のことか?」 頭の上から右眼にかかるようにしてつけられた刺青が一番に目についた。 鋭い茶色の眼が怪訝そうに歪む。 少しでもこの人との壁を作ろうと、震える両手を胸まで持ち上げて、ギュッと握った。 何て言われるのだろうか。 “今まで何してたんだよ?“ ”挨拶もなしか?“ ”お前みたいな奴がなんでこの船に乗ってるんだ?“ 想像はいくらでも出来る。それだけのことを、私は実際やっているのだから。 心臓がドキドキと脈を打ってうるさい。胸の前で握った両手と同じようにギュッと目をつぶりゴクリと生唾を飲み込んだ。 「――――なんだよ!!普通の女の子じゃねーかよ!!」 一瞬、何を言われたのかわからなかった。 力の限りつぶった眼を開けて、そろりと前を見ると、さっきまで顔を顰めて私を見ていたスキンヘッドの人は『ハァー…』とまるで安心したように息を吐いて破顔していた。 状況についていけずに、目を丸くしてその光景を見ていると、周りにいた他の船員さんたちが次々に声をかけてきた。 「誰だよ筋肉モリモリのゴリラみたいな女だって言った奴ー!!」 「にしても小せぇなー?いくつなんだ?お前」 「大変だったんだってなー?怪我はもう大丈夫なのかー?」 「つーか、ニルの手伝いしてんだってー?あいつ気難しいのによくやるよー!俺ならぜってー無理!!」 「バーカ!お前じゃニルだってお断りだろ!」 ダッハッハッハッハ!!! 口々に話しかけてきては、返事も聞かずにみんなで大笑いし始める。 先ほどまで顔を顰めていたのに、その口から私の考えていた言葉が出ることなんてなくて。 それどころか、・・・私を・・・心配する言葉・・・ばかりで・・・ 「――――これでも、関係ネェって言うのか?」 そんな船員さんたちの言葉にさえ思わずうつむいてしまった私に、後ろからそんな声がかかる。 その言葉に、私は何も言い返せなかった。 先ほどまで大笑いしていた船員さんたちは、キャスケット帽の人がかもし出す、怒りのようなどこか冷たい雰囲気に首を傾げて閉口した。 『なんだアレ?』 『あいつ何キレてんだよ』 ささやくような声が僅かに聞こえてくる。その声に、やっぱりあの人は怒ってるんだ、と再認識した。 すると、そんな私に、しびれを切らしたのか、後ろから勢いよく腕を引っ張られて無理やり後ろを向かされた。 目が合うと、やっぱりキャスケット帽の人の眼は冷たくて、でも、私の顔を見ると僅かに驚いた顔をした後しょうがなさそうに溜息をこぼした。 「・・・・だから、なんで、我慢するんだよ。」 まるで私の目線と合わせるように屈んで、優しい声でそう言った。 その優しい声に、視界が更に歪んでいく。 「だって・・・」と、思わず情けない言葉がもれた。 「お前、何を不安がってんだよ。 何がそんなに不安なんだよ。何がそんなに怖いんだよ。 不安なら不安って言えばいい。怖いなら怖いって、 会いたいなら、 会いたい って、泣けばいいだろ」 私と目を合わせるその眼にはもう冷たさも怒りもなくて。 ただ優しく私を心配そうに見つめていて。 ぽろり としずくの塊が目から零れ落ちた。 「なぁ・・・何か言ってくれねぇとわからねぇよ。俺たちホント、お前のこと何も知らねぇからさ。お前が、何が不安で何が怖くて何を思ってんのか。・・・教えてくれよ。」 次々に零れ落ちてくる滴を傷だらけの大きな指で払いながらキャスケットの人は笑う。 私はその手にすがるように自分に起こったことを話し始めた。 「あの、ね・・・、友達と・・・遊びに行こうと、してった・・の・・・学校が・・・休みに、なった・・から・・・・でもっ、気づいたら雪が・・・降って、って・・・・、寒く、て、誰も・・・、いなくって!不安で!もし、もしか、してっ・・・、ここで、死んじゃうのかな、とかっ・・・思って・・・・、そしたら、気づいたら、今度は・・・ベポが、いてね、・・・・ベポは、わたしにっすごくっ優しくって、でも・・・・っ!わかってるのにっ!わたしは・・・そんなベポも、怖くって・・・!それがっ!すごくっ!申し訳なく、って・・・!・・・でも、この船に残りたいって、言ったわたし、・・・に、仕事、探して、きてくれて・・・・、ニルさんは、嫌なのに・・・わたしを厨房に、入れてくれって、・・・・・っでも・・・っ!!わたしは・・・邪魔っしかっ・・・・、出来なくってっ・・・!!!」 嗚咽詰りにつげる言葉は拙くて幼稚なことばかり。 それでも、目の前にいる人は呆れもせずに優しい顔のまま聞いてくれる。 零れる涙はキリがないと言うのに、それでも何度も何度も涙を払い濡れた頬を撫でてくれた。 「船で、仕事が出来なきゃっ・・・この船に乗ってられないっ・・・!!!」 「海賊が怖いくせにっ・・・!この、船の人たちが、怖いくせにっ・・・!」 「わたしは、自分が一人になりたくないから、この船にすがりついて・・・!!」 「・・・でもっ、大丈夫って、怖くないって、思う度にっ・・・・!!」 どうしてもお母さんの顔が浮かんでくるんだ。 どうしてあたしはここにいるんだろうって。なんであたしなのって。 この船の人たちしかいない、と言っておきながら、わたしはそんなことばかりを考えて。 「―――――あいだいっ・・・!!」 「お母さんに・・・お父さんお兄ちゃんに・・・会いだいっよぉっ・・・・この船にすがってるのは、自分なのに・・・・ここにいるとっ!!みんなに会いたくて、仕方なくなるのっ・・・・!!!」 なんて身勝手な言い分だ。 私がもしこの船の人だったら、聞いていていい気分になんか絶対ならない。 その証拠に、私の言葉を聞いて、甲板に出ていた船員さんたちは皆、厳しい表情で口を閉ざしていた。 ――――なのに、 「・・・うん。会いたいよな・・・。家族だもんな・・・」 目の前にいたキャスケットの人だけは、怒るでもなく嫌悪するでもなく、そっと私を抱きしめて静かにそう言った。 優しく背中をなでるその手は、 悲しい時辛い時落ち込んだ時、泣きじゃくる私を慰めたお母さんの手と同じようで。 私は我慢できずに大声を上げて泣いた。 title by [ Rachael(レイチェル) ] 2013.05.02 |