泣かないで、って
言いたいのに言えなかった。
ニ ヒ リ ズ ム の 願 望
A d e s i r e of t h e n i h i l i s m .
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あの、隈のすごい男の人を初めて見た日から1週間がたった。男の人の名前はトラファルガー・ローと言うらしい。なぜその名前を知っているのかというと、その次の日から今日までなぜか私の部屋に毎日やってくる白い生物が教えてくれたのだ。 白い生物は「ベポ」と名乗った。どう見ても見た目は白熊にしか見えないのに、二足歩行をするし、喋るし…。わけがわからなすぎて思わず最初の1日は失神した。 次の日、眼が覚めたとき白熊はすぐ横に座っていた。逃げたくても逃げれないし、声にもならない叫び声をあげていると、そんな私に気付いたのか白熊さんは「大丈夫?」と聞いてきた。それから少しだけ話をした。その日この熊ちゃんに危険はないとわかった。 その次の日、私は熱を出した。相変わらず体は動かなくて、でも頭痛と吐き気と寒気と暑さが一緒に襲ってきて身じろぎをしてしまった。とんでもない激痛に襲われてそのまま失神した。 その次の日目を覚ましたらまた白熊ちゃんが横に座っていた。白熊ちゃん、と呼んだら「ベポだよ」って言われた。「ベポ」と呼んだら嬉しそうな顔をしてくれた。…多分。その後また「大丈夫?」って聞かれて、「大丈夫、…多分」と言うと、「ドクターもうちょっとしたら来るから待っててね」と言われた。ドクターって、あの隈の酷い人だろうか…。それだったら嫌だなぁと思いながらベポと話していると、だんだん瞼が重くなってきて、結局ドクターが来る前に眠ってしまった。 次の日、ちょっとだけ頭がボーっとしていた。でも、横には相変わらずベポがいてずっと私に話しかけてくれていた。私はただ聞くだけで相槌も打てなかったけど、それでも一言も悪態をつかずに私が眠りにつくまでずっと話していてくれた。その日あの隈のすごい人がトラファルガー・ローって名前だって知った。後ドクターではないってことも。 次の日、体がとても軽くなっていた。いつも横にはベポがいるから今日もベポがいるだろうと思って、「ベポ?」と呼ぶと、ひょっこりと顔を出してきたのは金髪の男の人だった。男の人は「よお。体調はどうだ?熱は下がったみてーだが、まだ吐き気や頭痛はするかい?」と聞くとにっこりと笑った。口元のホクロがすごく印象的で優しさがとても滲み出ていたが、私はそこにいるのがベポじゃないとわかると途端に緊張してしまって、声も発することも出来ずにただ首を横に振った。男の人はそれを気にする素振りもなくて「ん、まぁ痛みからくる発熱だろうな。もう心配はねーけど、まだ体の方は治ってねーから相変わらず動けないと思うけど我慢してな」と手元にある紙に書き込みながら言った。この人がドクターなんだ、と思った。あの隈の酷い人とは違って優しいこともわかったけど、でもやっぱり恐くて、ベポが早く来て欲しいと思いながら目を瞑って寝たふりをした。寝たふりは結局そのまま本当になってしまったが、次に眼を覚ましたときにはいつものようにベポが横にいた。すごく安心して、その日はいつも以上にベポと喋って眠りについた。 そして、その次の日。つまり今日。今日もいつも通り眼が覚めたら横にはベポがいた。いつもいつもいつも、どうして横にいてくれるのだろうか。いや、むしろ、どうしていつも私が眼が覚める時にいつも横にいることが出来るのだろうか。と、目が覚めると同時にいつものように喋り出したベポに聞いてみた。 「そんなの簡単だよー。あれからオレもここにずっといるもん!」 「え…?ずっとって、…?」 「ずっとって言ったらずっとだよ!ご飯も一緒に食べてるでしょー?寝るのもここのソファー使ってるしー。あ、でも熱が出た日はドクターと交代させられちゃったけど」 ドクターはねー普段はすごく優しいんだけど、怒ったらホントに恐いんだよー。とぶるりと体を震わしてベポはいう。その様子があまりにも大げさすぎて、私は少しだけ笑った。それを見たベポは嬉しそうな顔をして、今日はそのドクターさんのことについて語ってくれた。そのおかげで、私は一目しか会っていないドクターさんのことについてすごく詳しくなった。 それから、私が起きてからだいぶ時間がたった。どこかで誰かが「飯だぞー!」と叫んだのが聞こえた。ベポがいつだったかは忘れたが、この部屋は船の一番奥にある部屋だと言っていた。そんな部屋まではっきりと届いたその声に、私はすごくびっくりした。でも、ベポにとってはそれはただの日常で、パッ!と立ち上がって「じゃーご飯取ってくるね!」と言うや否や部屋を飛び出していった。ベポは私と話すようになってから、まだ体を動かすことの出来ない私のために、私が起きている時は食堂からいくつかのご飯を持ってきてこの部屋で食べてくれているのだ。点滴で栄養を送ってもらっている私にたまに飴玉やクッキーなどを持ってきてくれたりして、それが今の私にとっては密かな楽しみだったりする。 と、さっきベポが出て行った部屋の扉がノックと同時に開いた。 「寝たふりなんて、酷いな、俺なんかしたか?」 ひょっこりと顔を出して笑ってそう言ったのは、この間の金髪の男の人―――ドクターさんだった。一瞬なんのことかわからなかったが、すぐにこの間のことだとわかった。その顔を見て怒っているわけではないのだろうと思ったが、「ごめんなさい」と素直に謝った。そこで、この間に比べたらドクターさんに対しての恐怖心がなくなっているのに気づいた。ドクターさんもそれに気づいたのか、少しだけ目を見開いて見つめ返された。しかしそれも数秒で、すぐににこっと笑って頭をなでられた。 「ちょっとは体動くようになったか?」 「あ、…はい。首、とか…肩とか……。」 そう、首とか肩とか、最初よりは体が動くようになってきた。でも、 「でも、”まだ指先が動く気配はない”?」 「っ…はい」 なんでわかったんだろうと思いつつそれに頷けば、ドクターさんはこの間も持っていた紙を見ながらペンの先でこめかみの辺りをかいてつぶやく様に言った。 「君は全身凍傷の状態で運ばれてきて、とくに手足はすでに腐りかけていて危なかったんだよ。多分その影響がまだ出てんだろーな。船長が、”死にたくなかったら指先一本でも動かすな”って言ったあれもあながち嘘じゃない。あの時動かすのと今動かすのとでは状況が違うからな。あ、でもだからって小さい子脅してんじゃねーよって船長にはちゃんと言っといたから。」 まるで、さっきまでの話で出来た不安を打ち消すようにドクターさんはにっこりと笑う。その言葉に、私はベポの話を思い出して、思わず苦笑を返した。きっとその時がベポの言う怖い時のドクターさんなんだろうと。 「ま、でも安心しな、後数日で動くようになるよ。手足の状態もよくなりつつあるし、逆に動かさない時間が続けば続くほど今度は違った意味で動かせるようになるまで時間がかかってくる。」 そんなの嫌だろ?と聞かれて、何度も必死にうなずいた。 「しかし、あんな格好で雪山に登るなんて…何考えてたんだ?」 ドクターのその言葉にドキッと心臓が跳ねる。それは、ベポすら聞かなかったこと。船長さんには、一番最初に聞かれたが、あれ以来船長さんは私のところへ来ない。きっと呆れたんだと思いつつそんなことベポには聞けなくて。ベポに言って、船長さんとまた会ったとして、そこで私は何を話す?自分でもよくわかっていないのに、”わからない”としか、言えないのに…。 いつまでたっても何も言わない私に痺れを切らしたのか、ドクターさんは小さくため息をついて、グシャグシャと頭をなでた。 「さて、そろそろベポのやつも飯持って帰ってくるだろうし俺も飯食いに行こうかね―――っと、帰ってきたみたいだな」 そう言うと同時に扉が勢いよく開く。あまりの音に頭だけ持ち上げて見てみると、両手におぼんを持って片足を突き出しているベポがそこに立っていた。どうやらさっきの音は足で蹴って開けた音らしい。 ドクターさんは呆れた顔をしていた。 「……ベポ、お前アスカに殺されてーのか?飯時じゃなかったらすっ飛んできてるぞ…」 「だって両手塞がってるからしょーがないじゃーん。それにアスカが食堂でご飯食べてるのはしーっかり見てきたし!」 じゃないとやらないやらない、と楽しそうに笑うと近くのテーブルに両手に持ったおぼんを置いた。 「つーかお前そんなに食うの?」 「え?ドクターもここで食べるんでしょ?」 「は?いつそんな話になったんだ?食堂で食べるに決まってんだろ」 「えーいいじゃん別にー。一緒に食べるの嫌なの?」 「そんなんじゃねーから。船長に話があんの。あの人飯時ぐらいしか真面目に聞かないだろ」 そう言ってドクターさんはイスから立ち上がる。そして、ベポがご飯を置いたテーブルに近づくと、ご飯が少ない方のオボンを持って出て行ってしまった。去り際にベポに何か耳打ちをしていたが、なんて言ったかは聞こえなかった。 「…………」 「今日はゼリー持って来たよー。後で一緒食べよー」 「……ベポ、さっき…ドクターさん…」 ”なんて言ったの?”そう聞こうとして、聞いていいのだろうかと思って最後まで言えなかった。 なんとなく、ドクターさんは私のことを言ったんじゃないだろうか、と。思ったのだが、それで肯定されるのもまた怖くて聞けない。 ……結局私は逃げてるだけ。全部。全部。 やっぱり何でもない、と口を開こうとしたその時、少しだけ真剣な顔をしたベポがその言葉をさえぎった。 「…ドクターはさっき、とキャプテンはもう一回ちゃんと話すべきだって、そう言ったんだ」 「…………」 「俺もそう思う」 「…………」 「キャプテンはすごく誤解されやすい人だけど、根っからの悪い人じゃないよ。ちゃんと話したらちゃんと聞いてくれる。がキャプテンを怖いって思ってるのも知ってる。ドクターのことも怖いって思ってるのも。 俺のことも、ちょっとね。それがどういう意味なのか俺もわかってる。でも、だから、話すべきだと思うんだ。」 私は子供みたいに楽しそうにしているベポしか知らない。いつも私のことを気にかけてくれて、優しくて、面白いベポ。でも、意識がまどろんでいたあの時にあの人が言ったあの言葉が忘れられなくて、何度か声が震えそうになったことがある。私に良くしてくれるベポを怖いと思ってしまう。話せば話すほど怖くないってわかるのに、ドクターさんのこともそう思うのに、それでもやっぱり恐怖心は消えてくれない。 ベポはきっと気づいていないと思っていた。 「ベ…ポ…ッ…」 「俺はを信じるよ」 それでもそう言ってくれるベポに、私は涙をこらえることが出来なかった。 title by [ Rachael(レイチェル) ] 2010.05.28 |