ぐるぐると回る。
ニ ヒ リ ズ ム の 願 望
A d e s i r e of t h e n i h i l i s m .
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「な、なに・・・言ってる、んですか・・・?そんなこと、ないです、よ」 突然立ち上がってそんなことを言ったキャスケットの人に、私はごまかすように笑った。必死に、悟られないようにと笑みを浮かべる。今の私には、そうすることしか出来なかった。 目の前に立つキャスケットの人は、あの朝会ったときと同じように黒いサングラスをかけている。ただ違うのは、あの日はそれでもにっこりと笑っているのがわかったが、今は、その顔が無表情である、ということ。 背中を汗が流れる。 少し大きめのTシャツだから、余計にそれがよくわかって、ギュっとひざの上で両手を握り締めた。 「いい加減・・・・・やめないか?」 「・・・・え?」 少しだけ、言い方が和らいだ。 目の前に立つ、キャスケットの人の表情が、辛そうに、悲しそうに、ゆがむ。 なんで、そんな顔を貴方がするの。 そんな顔をしたいのは――私の方。 その顔を見てつい思ってしまったのはそんなこと。 グッと唇をかみ締めて、緩んでしまいそうになる目に力をこめた。 「やせ我慢すんなよ。言いたいことは言っていいんだ。思ってることは、言っていいんだよ。頼むから、嘘つくなよ」 部屋の光がサングラスの奥に隠れた彼の瞳を映す。 真剣なまなざしが私を貫いて、そこから動かなくさせる。 上から見下ろすように見ていたキャスケットの人が、ふいに近づいてきて、ゆっくりと私と目線を合わせるようにしゃがみ、両肩をギュっと握った。 「 会いたいんだろ 」 高いとも低いとも言えない、やけにハッキリとした彼の声が鼓膜を震わせた。 彼の眼から眼をそらせない。 掴まれた肩が、熱い。 さっき見た、お母さんの顔が脳裏に浮かぶ。 一気にあふれ出してくる想いに、私はいっそう手を握った。 そうだよ。・・・・・会いたいよ。会いたいに決まってる。 だって、家族だもん。ずっと一緒に居たんだもん。こんな・・・、こんな離れ離れになるなんて、想像もつかないじゃない。 でも、だから何? そう思ったって会えない。元のところになんて戻れない。何も変わらないじゃん。 だから、必死に考えないように、思い出さないように、してるのに・・・ 思わずこみ上げてきた涙を隠すように、尚も言葉をつなげようとする彼の手を振り払い、必死に頭をふった。 「やめてくださいッ!!!」 「・・・・ッなんでだよ!!ただ言えばいいんだ!!会いたいなら、そう・・・言えばいい!!何で・・・」 「貴方には関係ない!!!ほっといてよッ!!!」 抱えるように頭を振って、そう叫んだ後、辺りはシーンと静まり返った。 さっきまで私の腕を掴んでいた彼も、振り払われたまま目の前でピタリと固まっていて、それがやけに怖く感じた。 「あっ・・・」と思わず口をついて言葉がもれる。震える手でそんな口を覆いながら、「ぁ、あの・・・ご、ごめ・・・さい・・・・私・・・」と、いつも以上に回らない舌で謝った。しかし、キャスケットの人は、そんな私の謝罪なんか聞こえていないように、一言、冷たい声で「・・・・関係ねぇって?」と漏らした。 冷たい、低い声。今までに聞いたことのない、怒りのこもったその声に、体がまた反射的に震えだす。 (怒らせてしまった・・・。私が、生意気な口をきいたから・・・。 ――・・・なんてこと・・・。私・・・私は、この船においてもらっている身のくせに・・・あんな生意気な口を叩いて・・・・!!) 血の気が一気に引いていくのがわかる。ガタガタと体が震えて、とてもじゃないが、今目の前にいるあの人の顔なんて見れない。さっき振り払ってしまった手を、胸の前でギュッと握りしめると、突然、その腕を誰かに掴まれた。 誰かなんて、決まってる。この部屋には今私とあの人しかいないんだから。 ビックリして目を見開きながら顔をあげた。驚きすぎて声も出ない。でも、私の腕をつかんだキャスケットの人はそんな私に目もくれることなくどこかへと歩き出した。 「やっ・・・な、なに・・・・」 無理やり引きずるようにして、私の腕をつかんだままキャスケットの人は迷いなく廊下を進んでいく。いつも通っているキッチンへと続く道ではない。でも、確実に上へと登っていく道は、一度だけ通った覚えがあった。 それが、いつのことだったのか、思い出したとき、私の顔からさらに血の気が引いた。 「――-離して・・・!!」 お願いだから!そっちには、行きたくない・・・!! 渾身の力で私の腕をつかむその手をどうにかしようと抵抗するも、その手が私の腕から離れることもなく、ましてや、キャスケットの人が立ち止まることも私を見ることもなかった。ビクともしない。 それでも、彼の進もうとする先に、行きたくなくて、必死に力を入れて抵抗する。 「――-だからさぁ・・・これ・・・」 「いや―――お前・・・いだも・・・・・」 その時、進んでいく道の先から声が聞こえた。――-話し声だ。 「ぁっ・・・」っとまた小さい声がもれる。それでも足はその先へと進んでいく。そして道の先に、私の腕を引く彼と、同じ白い色が見えたとき、すぐに視線を下に下げた。 体が震える。腕を掴む力が少しだけ強くなった気がした。 「おっ!ぉお〜・・・・?キャス・・・・?」 「丁度いいとこに!・・・・って?お前、・・・」 その子・・・。っと誰かがつぶやくのが聞こえた。私をひきずるようにして歩くキャスケットの人への困惑と、そして連れているのが自分だという驚き。キャスケットの人がその呟きに答えを返すことはない。足を止めることも。横を通る時、嫌でも視線が自分に向かっているのがわかって、汗が一気に噴き出してきた。でも、私も、足を止めることもないし顔を上げることもなかった。それだけじゃない。この時ばかりは、早く通りすぎて!とすら願った。でも、その願いなんて意味のないことだったことを私はすぐに理解する。 私がいつも船の中を移動していたのは、早朝の早い時間。そして人通りの少なくなった夜分。この二つ。今は――、お昼。人は彼らだけじゃなかったのだ。 何人もの、顔も合わせたことのない船員さん達の前を通り過ぎていく。そのたびに彼らは先ほどの人たちと同じような反応をして、そしてその度に私の恐怖は増していった。 彼らは私のことをどう思ったのだろうか。・・・私のことを、どう、思っていたのだろうか。 あいさつもしない。顔も見せない。逃げるように、身を隠して。でも、それでも船に乗っている。 どんな反応が返ってくるかなんてすぐに想像ができる。 震えてガタガタと音を立てる歯で唇をかみしめる。視界がゆらゆらと揺れた。 その時、よどみなく動いていた足が、突然止まった。 バンッ!!と大きな音が響く。 そのすぐあと、私の体は突き飛ばされるようにして、その空間へ押し出された。 「なんだぁ!?」 「すげぇ音したぞ今ぁ!?」 突然明るい光が降り注いだ後、がやがやと騒がしい音が鼓膜を震わした。 ハッとして顔を上げると、そこには、 青い空と青い海、そして私を見つめるたくさんの目があった。 title by [ Rachael(レイチェル) ] 2012.01.26 |